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毎年のように世界大会が開催される陸上競技ですが、
その中で毎回日本で注目を集めるのが男子4×100mリレーではないでしょうか。
2008北京オリンピックでの銀メダルを皮切りにこれまで世界の舞台で4度メダルを獲得、
国別歴代記録では世界4位と、日本は4継リレーの強豪国と言っても過言ではありません。
その一方で男子中長距離(マラソン)陣は苦戦が続いています。
5000m、10000mでは期待の選手が出場するも毎回勝負にならず惨敗、
800m、1500mに至ってはここしばらく世界の舞台にすら立てていません。
なぜ日本は4×100mリレー(短距離)が強く中長距離走(マラソン)が弱いのでしょうか。
この原因について、
日本人の走りの弱点はドコにあるのか?という観点から考察解説していきたいと思います。
日本人の走りの弱点とは?
日本人の走りの弱点はドコにあるのか。
陸上競技男子の「世界記録」と「日本記録」を比較していく中で
面白いデータが見えてきましたので紹介していきたいと思います。
世界記録と日本記録の比較①
まずは陸上競技男子種目のハードル、障害、競歩を除いた純粋に走る種目の
世界記録と日本記録を確認していきたいと思います。
※2024年3月11日時点での男子種目の記録。敬称略
世界記録 | 日本記録 | |
100m | 9秒58 ウサイン・ボルト | 9秒95 山縣亮太 |
200m | 19秒19 ウサイン・ボルト | 20秒03 末續慎吾 |
400m | 43秒03 ウェイド・バンニーキルク | 44秒77 佐藤拳太郎 |
800m | 1分40秒91 デイヴィット・ルディシャ | 1分45秒75 川元奨 源裕貴 |
1500m | 3分26秒00 ヒシャム・エルゲルージ | 3分35秒42 河村一輝 |
5000m | 12分35秒36 ジョシュア・チェプテゲイ | 13分08秒40 大迫傑 |
10000m | 26分11秒00 ジョシュア・チェプテゲイ | 27分09秒80 塩尻和也 |
ハーフマラソン | 57分31秒 ジェイコブ・キプリモ | 1時間00分00 小椋裕介 |
フルマラソン | 2時間00分35秒 ケルヴィン・キプタム | 2時間4分56秒 鈴木健吾 |
100m走るたびに何秒離されているか
上欄のように記録だけを羅列しても解りづらいところがありますが、
ここからさらに各種目のタイム差を出し、そのタイム差を走る距離で割って
「100m走るたびに何秒離されているか」を出していきます。
200m走の場合だと、
タイム差が0秒84で、これを走る距離200m(2)で割ると
100m走るたびに0秒42離されている計算になります。
単純な計算ではありますが、これを各種目に当てはめていきたいと思います。
タイム差 | 100mごとのタイム差 | |
100m | 0秒37 | 0秒37 |
200m | 0秒84 | 0秒42 |
400m | 1秒74 | 0秒44 |
800m | 4秒84 | 0秒61 |
1500m | 9秒42 | 0秒63 |
5000m | 33秒04 | 0秒66 |
10000m | 58秒80 | 0秒59 |
ハーフマラソン | 149秒 | 0秒71 |
フルマラソン | 261秒 | 0秒62 |
どうでしょうか。このように見ると解りやすいですね。
100m走のタイム差が0秒37なのに対し、
400m走は0秒44、1500m走は0秒63、ハーフマラソンは0秒71と、
走る距離が長くなればなればなる程に、100m毎のタイム差は大きくなっていきます。
これはつまり、日本人は走る距離が長くなればなる程に、
世界レベルのスピードに付いていけていない事を意味しているのではないでしょうか。
長い距離を走ることが意味する事
日本人は走る距離が長くなればなる程に競技レベルが下がっている事が解ってきましたが、
では次に「長い距離を走る」という事が意味する事とは何なのかを見ていきたいと思います。
走るという行動の中には大きく分けて2つの局面があります。
それが「加速」と「スピード維持」
上図の様に100m走ならば大体、
前半50mが加速、後半50mがスピード維持という感じで半分半分になります。
次に800m走だとこんな感じですね。100m走とはだいぶ変わってきます。
短距離走、長距離走、走る距離に関わらず、
加速の局面(スタートダッシュ)というのは50m程度で終わるものですのから、
「走る距離が長くなる」という事はつまり、
「スピード維持の走り」をする距離が長くなるという事を意味しているのです。
日本人が苦手とする走り
ここまでの解説で
①日本人は走る距離が長くなればなる程に競技レベルが下がっている。
②走る距離が長くなるという事は「スピード維持走」を行う距離が長くなる。
と、2つの事を述べてきましたが、
この2つから勘案するに、日本人の走りの弱点は
「速いスピードを楽に維持して走り続ける事が出来ない」
という点にあるのではないでしょうか。
↓ウサインボルトに先行する多田修平選手
(参照:TBS陸上ちゃんねる【公式】)
↓世界室内陸上2016 60m走 桐生祥秀選手の走り
(参照:TBS陸上ちゃんねる【公式】)
上の2つの動画から解るように
「加速力」という点では日本人スプリンターも世界トップ層と比べてもそこまで負けていません。
しかしいつも課題になるのはレース後半の走りです。
「速いスピードを楽に維持して走り続ける」
これが日本人スプリンター(ランナー)の課題なのではないでしょうか。
「意識的な動き」と「無意識の動き」
次に、ハードル、障害、競歩、リレーの純粋に走る種目以外の
世界記録と日本記録の比較をしていきたいと思います。
世界記録と日本記録の比較②
※2024年3月11日時点での男子種目の記録 敬称略
世界記録 | 日本記録 | |
110mH | 12秒80 アリエス・メリット | 13秒04 泉谷駿介 村竹ラシッド |
400mH | 45秒94 カールステン・ワーホルム | 47秒89 為末大 |
3000m障害 | 7分52秒11 ラメチャ・ギルマ | 8分9秒91 三浦龍司 |
5000m競歩 | 18分5秒49 ハテム・グーラ | 18分20秒14 池田向希 |
10000m競歩 | 37秒25秒21 高橋英輝 | 37秒25秒21 高橋英輝 |
4×100mリレー | 36秒84 ジャマイカ | 37秒43 日本 |
4×400mリレー | 2分54秒29 アメリカ合衆国 | 2分59秒51 日本 |
タイム差 | 100m毎のタイム差 | 参考記録:100m毎のタイム差 | |
110mH | 0秒24 | 0秒22 | 0秒37(100m走) |
400mH | 1秒95 | 0秒49 | 0秒44(400m走) |
3000m障害 | 17秒80 | 0秒59 | 0秒65(3000m走) |
5000m競歩 | 14秒65 | 0秒29 | 0秒66(5000m走) |
10000m競歩 | 0秒 | 0秒 | 0秒59(10000m走) |
4×100mリレー | 0秒59 | 0秒15 | 0秒44(個人400m走) |
4×400mリレー | 5秒22 | 0秒33 | 0秒73(個人1600m走) |
※400mHだけ400mよりも劣っていますが、
400mHの日本記録は20年以上前のもので、まだまだ伸び代のある種目だと思っています。
日本人はテクニカルな種目が得意?
上欄の比較から解るように
日本人は純粋な走る種目よりも、
ハードルや競歩などの技術的要素が強い種目の方が世界トップレベルに近いところにあります。
特に110mH、競歩、4×100mリレーは世界トップクラスと言っても過言ではありません。
純粋な走る力では劣る部分があるのを
110mHならハードリング技術、
競歩ならベントニーやロスオブコンタクトなどのルールに沿った歩形の熟成、
4継リレーならバトンパスなどの技術面を磨く事により、世界と対等に渡り歩いています。
では、なぜ技術的な要素が強い種目は結果が出やすいのでしょうか?
「意識的な動き」は改善努力が実りやすい
少し話を戻しますが、
日本人は「スピード維持走」は苦手としているが、
「加速走」では世界レベルでそこそこ勝負が出来ていると解説してきました。
ではなぜ「加速走」は速く走れるのかと言うと、
加速走が「意識的な動き」によって作られる走りだからではないでしょうか。
加速走(スタートダッシュ)の走り方というのを想像してみると、
- 意識的に深い前傾姿勢をとる。
- 意識的に手足の回転を速くする
- 腕の振り方、足の動かし方を意識的にコントロールする。
- 意識的に地面を強くおす。
などのように「意識的な動き」によって作られている部分が多くある事が解ると思います。
「意識的な動き」と言うのは
脳からの指令によって作り出される動きの事ですから、
頭で考えて「この動きがダメだな」と思ったら修正していける動きとも言えます。
ですので、体を動かし、頭で考え、少しづつ改善努力を積み重ねる事で
競技力を伸ばせる部分だとも言えます。
筋力面での不足を感じるなら筋トレ補強運動も効果的でしょう。
これと同じ原理で、
ハードルのハードリング技術や、競歩の歩形維持技術、リレーのバトンパス技術も
「意識的な動き」に属する動きですから、頭と体を使った改善努力により
スキルを伸ばす事が出来る競技だと言えるのだと思います。
理想的なスピード維持走とは?
次に、日本人が苦手としている「スピード維持走」はどうでしょうか。
- 長距離走は体の力を抜きリラックスして走る。
- 100m走のレース後半は体の力を抜き反動を使って走る。
陸上競技経験者なら一度は言われたことがある言葉だと思いますが、
これって中々難しいですよね。
力を抜きリラックスして走ろうとすると速いスピードを維持出来ず、
逆に、速いスピードを無理して維持しようとすると体が力んで疲れてしまう。
このジレンマに悩む競技者は多いと思います。
「体の力を抜きリラックスして走る」
これが意味する事はつまり
速く走るために特別な事は何もしない。という事です。
加速走の様に意識的に体を速く動かす走り方ではなく、
何も意識せずとも体が勝手に前に進んでいる走り。
下り坂を走っている時の感覚をイメージすると解りやすいですが、
何も意識せずとも体が勝手に前に進み、そして疲れにくいですよね。
この様な走りを平地で、速いスピードで行えている状態が、
理想的なスピード維持走と言えるのではないでしょうか。
「無意識の動き」は改善が難しい
加速走の「意識的な動き」が脳に依存する動きなら、
スピード維持走の「無意識の動き」は体に依存する動きと言えるのではないでしょうか。
画像引用:毎日新聞:留学生が「花の1区」を走れないのはなぜ?
世界の長距離界のトップに君臨する黒人ランナーの体は
日本人と比べ、やはりどこか異質なモノを感じますよね。
基本的な姿勢や、体の動かし方が全然違います。
黒人ランナーのような効率的なスピード維持走を行うために必要な事は、
「走り方」についてアレコレ考える事ではなく、
スピード維持走に適した体(無意識的、反射的な動きが出来る体)を持つ事。
この一点につきると思います。
ただ、その「スピード維持走に適した体」がどの様なモノか、
どうやって作っていくのか、
また、どの様な仕組みで楽にスピードを維持出来ているのか、
ここらへんのノウハウが無いのが現状で、
それ故に改善が難しい部分でもあるのです。
※私なりの「スピード維持走の上手な走りについて」を別ページで解説します!
なぜ日本は4継リレーが強く中長距離走(マラソン)が弱いのか
だいぶ話が長くなってきましたので、
このへんでページのまとめをしていきたいと思います。
なぜ日本人は中長距離走(マラソン)が弱いのか
長い距離を走るという事は
「スピード維持の走り」を行う距離が長くなるという事を意味していますが、
日本人はこの「スピード維持の走り」を苦手としており、
かつ、改善するための方法が確立されていないのが現状です。
なぜ日本人は4×100mリレーが強いのか
<個人400m走>
<4×100mリレー>
日本人は「スピード維持走」は苦手としていますが、
加速走やバトンパスなどの「意識的な動き(改善しやすい動作)」は得意としています。
4×100mリレーはその「意識的な動き」が占める割合が多く、
日本人のストロングポイントで勝負できる種目と言えます。
日本長距離界の美徳からの脱却
最後に今の日本長距離界についての私の意見を述べたいと思います。
日本にはどこか「もがき苦しみながらも懸命に走るランナー」を称賛する風潮があると思います。
私自身もそのような「気持ちで走るランナー」は大好きですし、見ていて胸が熱くなります。
ただ、この様な風潮はそろそろ辞めにした方が良いのではないかなとも思っています。
「もがき苦しむ走り」と言うのは「効率の悪い走り」をしている証拠です。
意識的に体を速く動かす走りや、力を使った走り、を行うと
筋肉に乳酸がたまり、体が重く動かなくなってきます。
また、乳酸を処理するためには大量の酸素が必要になってきますので
心肺への負担も大きくなります。
効率の悪い走りを行うと、呼吸や(乳酸の影響で)体が先に潰れてしまうため
体の持つ最大限の能力を発揮出来なくなってしまうのです。
ただ、気持ちさえ切れなければ、ある程度は走り続ける事が出来てしまう。
これが「もがき苦しみながらも懸命に走り続ける」ということです。
一方で、世界の長距離界のトップに君臨する黒人ランナーの走りはというと、
涼しい顔してとんでもないペースで走り抜けていきますよね。
そして、順調に走り続けていたかと思うと急に立ち止まり、そのままリタイア。
このような光景を見たことがある方もいるのではないでしょうか。
黒人ランナーのこの様な姿を見て、
「黒人は日本人と比べて根性がない!」と
非難する方も中にはいるかもしれませんが、私は全くそうは思いません。
効率的な走りが出来ているが故に、呼吸や体に苦しさを感じず、
体に強い負荷をかけながら走り続ける事が出来てしまう。
そして、気付いた時には体はズタボロで走ることが出来なくなってしまっていた。
体の持つ能力を最大限発揮した結果なのです。
これからの日本人ランナーに必要なことは、
我慢強く走り続ける事ではなく、
我慢しなくても速いペースで走り続けるために必要な事を
模索し続ける事ではないでしょうか。